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ドラマ「ファウンデーション」を見ているよ|現在,シーズン2待ち
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待望の「ファウンデーション」の映像化 ドラマの話題を続けます. AppleTV+で「ファウンデーション」が配信されています. 「ファウンデーション」というのは,SF業界では超有名な作品で,巨匠アイザック・アシモフの代表作の一つです. あまりにも壮大なテーマを扱っており,広大な宇宙・銀河を舞台にしていることもあって,なかなか映像化が難しいまま現在に至っていたわけです. 映画だと連作にしても尺が足りないし,普通のテレビドラマ企画だとショボい出来になってしまう恐れがあったんですが・・・. 今,時代はネット配信サービスです. そんな時代に「ファウンデーション」の映像化に手を挙げたのが,資金と人材が豊富なAppleTV+だったのです. 何年前だったか,このニュースを見たときは, 「Good job!」 の一言しかありませんでした. ■ ファウンデーション(テレビドラマ) (Wikipedia) ちなみに,「ファウンデーション」という作品それ自体と,AppleTVで映像化されることに言及している過去記事はこちらです. ■ 大学教育も民族・国家も「第2ファウンデーション」が大事 とは言うものの,そこまで「待ちに待った!」というほど期待していたわけではないので,このドラマは最近になって視聴しました. 「そう言えばファウンデーションをAppleが撮るって話があったよなぁ」 ってことで,AppleTVはこのファウンデーションを見るために登録. なんだかんだ,ワクワクしながら見てみたんです. ・・・・,なんかコレジャナイ感があるんだけどさ.... 際立って不満があるわけではありません. 映像は凄いし,たしかにハイクオリティなドラマだとは思う. でもさ,私が期待していた「ファウンデーション」って,こういうのじゃないんですよね. たしかに,「映像化困難」なSF小説ではあるんです. そんなSFを映像化しようとしたら,どうしてもこういうのになっちゃう,っていうところはあるのかもしれない. なんかね,原作小説の「ファウンデーション」て,人類がどのようにあがいて藻掻いても,どうしようもない展開が「心理歴史学」で分析・証明されちゃってる,っていうところからスタートするから面白いんですけど. このドラマの場合,その「心理歴史学」を疑うところに(今のところは)フォーカスされてるんです....
ドラマ「真犯人フラグ」が終わったよ
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■ ドラマ「真犯人フラグ」を見ているよ ■ ドラマ「真犯人フラグ」が次で最終話だよ そんなわけで,最近見ていたドラマが「真犯人フラグ」でした. テレビではなくHuluで継続&一気見を混ぜながらだったんですが,なかなか楽しませてもらいました. 上述した過去記事でも触れてきたことではあるんですけど,なんだか「これじゃない感」があるものの,ドラマそのものの出来は良くて. 別に不満があるわけではありません. 素直に面白かったです. ただ,ドラマタイトルが「真犯人フラグ」だったんですけど,どのあたりが “真犯人フラグ” だったのか? それがちょっと気になるところですかね. 私としては,ドラマ全体,または各話を通して,随所に登場人物(主に主要人物)に定番の「真犯人フラグ」が立って,それに右往左往するストーリーなのかなぁ〜って思ってたんですが. なんだか普通にミステリードラマだったなぁっていう感想です. 繰り返しますが,だからってつまらないドラマだったわけではありません. 普通にミステリードラマで,普通に面白かったのです. 私が当初このドラマに期待&予想していたのは, 「真犯人フラグは立つものの,どこにも真犯人などいなかった」 っていう展開でした. つまり,一見すると家族が一度に誘拐・失踪しちゃったんだけど,実はそれぞれ別々の事件(事情)であって,それぞれに別々の人々の意図や目的,思惑があるっていう感じの. (でもまぁ,実のところそんな事件ではあったのだが) で,最後の最後で,密かに事件全体に関与していた「真犯人」と言える存在が,視聴者だけに分かるように顔を出す...っていうオチ. いわゆる,「だいたい全部コイツのせい」というキャラクタですね. 私はその候補に「猫おばさん」をあげていました. でも,この予想は外れちゃいました. 実際のところは,かなり綿密に作り込まれた犯罪ストーリーが明らかになったわけです. 「おぉ,なるほどなるほど.そういうことだったのか」と. だからこそ,私としては「どのあたりが真犯人フラグなの?」ってなっちゃったんですけど. 言い換えれば,このドラマでは文学作品や映像作品などで散見される「真犯人フラグ」のてんこ盛りが見られるのかなぁって思ってたんです. いつか,そんな作品が見てみたいものです.
ドラマ「真犯人フラグ」が次で最終話だよ
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フワッとした考察で楽しんでいます この冬は,ドラマ「真犯人フラグ」を見ています. 以前もそんな記事を書きました. ■ ドラマ「真犯人フラグ」を見ているよ SNSやネット記事,YouTubeなどで, 「いったい,真犯人は誰なのか!」 という犯人探しや考察で盛り上がることで,話題作りと視聴率稼ぎを目論んだドラマとされています. 実際,調べてみたらそんな記事が結構あります. YouTubeで取り上げている動画も何本か見てみましたが,なかなか皆さん,熱を入れて考察しているようです. 私はというと,そこまで「犯人探し」とか「考察」に力は入れていません. ひとつのミステリー作品として,のんびり楽しんでいる感じです. ただ,私的に「興味深いドラマであってほしいな」っていう希望を持って見ているところはあるので,展開とクライマックスには期待しています. どんな期待なのかと言うと,以前の記事である, ■ ドラマ「真犯人フラグ」を見ているよ で書いたので,そこから引用しておきます. そもそも,このドラマ「真犯人フラグ」で伝えたいメッセージは何か? という点が大事だと思います. おそらくですが,製作者サイドには, 「なにかにつけ,『真犯人はこいつじゃないのか』と安直に推測して決めつけ,寄ってたかって弄ぶ大衆世論に警鐘を鳴らしたい」 というメッセージを持っているんじゃないかと私は推測しています. 劇中に登場するユーチューバーや情報番組のコメンテーターをはじめ,そこから煽られて正義の暴走をはじめる大衆,そして個人のプライバシーを丸裸にしたがるマスコミ. こうした現代社会への警鐘が,ドラマづくりのベースにあるんじゃないかと. なので,私が考える真犯人というのは, 「それまで劇中に全くもって登場していなかった人物が,唐突に『実はこの人が犯人でした』ってことで逮捕されちゃう」 という展開で登場するんじゃないかと予想しています. で,そこでどんな脚本や演出にするかは知りませんけど, 「これまで好き勝手に『真犯人はこいつだ』『こいつが一番怪しい』『こいつは何か企んでいる』などと疑っていた人たちが,実は全然無関係,もしくはそれぞれ別の意図や動機で動いていた」 というネタバラシになるんじゃないかな,って. で,そういう展開を通して,我々が生きる現実世界における「真犯人フラグ」について,もっと節度のある言動が...
今年も入試戦争で轟沈してるらしい|そもそも,何について騒いでいるのかサッパリ意味不明な人もいるのでは?
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「大学側にとっての入試戦争」を1ミリも知らない人のために 2年前にこの業界から身を引いたんですが,それでも興味はあるわけで. 知り合いが勤めている大学の情報はたまにネット経由で調べてみることもあるんです. で,この季節ですと「入学試験」についての動向が気になるところです. 例えば昨年であれば,こんな記事も書きました. ■ 私が赴任していた大学が,今年の入試で撃沈していた件|責任者は責任をとってほしい カフェ作って喜んでたり,パンを焼いてる場合じゃないってことなのです. ■ 焼きたてパンの大学 さて今年はどうでしょうね? ということで,この大学のホームページにて「2022年の入試結果」を確認してみました. やっぱり撃沈していました. 否,昨年の時点で撃沈していたわけですから,今年は着底&水中爆発とでも言ったところでしょうか. 今年の状況について「中の人」とはまだ話していないんですけど,また機会があったら戦況報告を聞いてみたいと思います. そんな入試戦争ですが,入試の結果は,その大学の経営状態を意味します. ここで現れる「数値」に一喜一憂する大学関係者も多いものです. たくさんの志願者が獲得できれば「受験料」が稼げますし,たくさんの受験者が獲得できれば入試倍率が稼げますし,定員通りの入学生を迎えることができれば安定した授業料が稼げます. そして, 「今年はどこそこの大学が人気」 といった話題にもなるし,一方では, 「最近あの大学は凋落している」 といった話にもなるわけです. そんなわけで,大学側としてはこの「入試戦争」で自分たちがいかに有利な立場にいるかアピールしたくて,さまざまな方法と工夫をこらしています. で,そんな「方法」とか「工夫」のなかには,涙ぐましい努力やバカバカしい工作も含まれていて. それが笑い話としてのネタにもなったりする. ただ,こうした「話題」があることを知ってはいるものの,その詳細について理解できていないとか,フワッとした認識しかないっていう人もいるでしょう. 実際,私自身が「入試」に全く関心がない人間だったものですから,大学教員になるまで入試にまつわる数字をちゃんと理解していませんでした. っていうか,そういう人って実は大学教員に多かったりする. 教授会とか学科会議とかでも,入試や学生募集について担当部署の人が熱心に,時に嬉々とした(鬼気の場合...
ブログやめてないですよ|先輩教員から後輩教員たちへの有益な助言
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ご無沙汰になってしまいました. ほぼ1ヶ月くらいブログ更新してません. ウクライナ情勢がヤバそうだから核戦争対策をしてたわけでもないですし,北京五輪に熱中していたわけでもありません. たんに,書く気が薄かったんです. 例のネコも膝の上で寝てるし. ■ 最近ブログが書けないのは,だいたいネコのせいだ あとね,仕事が結構忙しいんです. ちょっと栽培計画とか作業が失敗しちゃって慌ただしくなって,それに確定申告が重なったりして. こっちもまだ不慣れなもんだから,特に夜の時間が削られる. 気楽なネタを書くことにします. 後輩から「猛烈に迷惑な大学教員をとっとと消したい」という相談がありました ぶっそうな話題ですが,実際,そんな状態にある大学・学部学科があるようです. 詳細を書いちゃうと大学や個人が特定されるのでやめときますが,とにかく, 「迷惑な大学教員がいるから,その人をなんとかしたい」 とのこと. いわゆる,「自分は仕事ができる」と思い込んでいるタイプの意識高い系バカの典型で,周囲の教職員・学生への迷惑を顧みず,ひたすら自己中心的に学内を引っ掻き回すことによって,誰も得しない状況を生み出しているんだそうです. 昨年までは,「そんな迷惑な教員がいるんですよ」っていう感じの笑い話程度だったんですが,いよいよ退っ引きならない状態になってきたらしい. この状態をなんとか改善したい,っていうか,この迷惑教員をさっさと消したい,っていうのが彼らの希望です. なんで私にそんな話が来たのか?っていうと,実はその「迷惑教員」というのは,かつて私が勤めていた大学の上司だからです. 当時から相当にヤバかったので,この後輩たちの訴えもよくわかるし,状況の想像も容易です. そんなわけで,この「迷惑教員」をよく知る私に, 「この教員を大学から消す方法を教えてほしい」 という相談があったわけですよ. ただね,私はかつてブログ記事で, ■ 厄介な教員は切り捨てても良いか? っていうのを書いて,「厄介な教員であっても簡単に切り捨ててはいけない」という話をしています. けど,これも程度の問題というのがあって,件の迷惑教員は,その程度を遥かに凌駕するほどのダメダメ教員であることは私がよく知っているんですが. そんな厄介な迷惑教員にどのように対応すればいいか? 実はこれも,かつてブログ記事にしたことがありました...
これまでの大学改革の結果が現れる2023年まで,あと1年
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(最近の読者各位)大学改革を批判するブログでした もともとこのブログは,「教育改革」「大学改革」といった近年(2000年頃から)の日本社会の動きを批判的に捉える記事を熱く,そしてフザケながら取り上げていました. でも,どうやらこの国の教育改革・大学改革のお祭り騒ぎは収まりそうにないし,むしろ悪化するばかり. なので,途中から興味関心が薄れ,しかも私自身この業界から足を洗うことにしたわけです. 興味関心が薄れたとは言え,無くなったわけではありません. たまにはチェックしてます. Amazonが出してくる「あなたへのオススメ」なんぞを見ても,最近は「教育改革」「大学改革」について,批判的に論じる書籍も目立ってきましたね. もう手遅れだとは思いますけど. ちなみに,以下は私のオススメです. ただ,私も教育界から離れてみて思うのは,もう手遅れなんだから妥協点の探り合いに落ち着くしかないかもね,ってことです. あと,「手遅れ」っていうか,この日本で真っ当な教育議論は「無理」ってことかなと. 無理だからここまで来てしまっていて,無理だから今後もズルズルと改革が進んでいくのだろうなと. どこまでズルズル行くかは,「教育」という業界が地盤沈下するまで続くでしょう. 「地盤沈下」って何を指すのか? ってことが気になるかもしれませんが,例えばそれは,多くの一般庶民が「教育による恩恵」が感じられなくなることです. そこに至って,「教育って一体何のために存在するのか?」っていう議論をようやく始めるはずで,そこで初めて妥当な改革案が提示されるものと思います. さて,そんな現在の「やっつけ仕事的『大学改革』」が進んでいるなか,昨年はこんな記事を書きました. ■ 私が赴任していた大学が,今年の入試で撃沈していた件|責任者は責任をとってほしい 「コロナ禍においては,営業努力に注力する大学から真っ先に淘汰される」 という予想が,ものの見事に的中してしまったのです. 知り合いの方々が多数在籍している大学ですし,私の卒業生等々もいますから(いやマジでホントに)心苦しいのですけど,あぁやっぱりね,の心境でもあるのです. 「営業努力することが悪いことなのか?」とお思いになる方もいるでしょうが,そういう単純なことではありません. つまり,「学生募集は営業努力でなんとかなるはずだ」などと考えて,それに依存し...
反省会として|その3「好きなことだけをやる/才能のあることをやる」
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ベーシック・インカムが稼働した世界では「才能」のある人しか就職できない やっちまった講演会の反省会シリーズ,その3です. もともとは, 「なぜ大学教員をやめて農業を始めたのか」 について講演したかったのですが,こちらの不手際で残念なものになってしまいました. さて,タイトルの件ですが,以前,そんな話題をしたことがありました. ■ ベーシックインカム ≒ とりあえず国民全員に生活保護を配っておくこと それを講演会でも話そうかと思っていたのですけど,見事にぶっ壊れてしまったのです. 言いたかったことは, 「私は現時点でそういうライフスタイルを選択したけど,そう遠くないうちに,この日本および世界も,自分がやりたいことをやりたいようにやる時代が,もうすぐ到来するかもしれないね」 っていうことです. こうしたライフスタイルを考える上で,とても参考になるSF小説があります. ジェームズ・P・ホーガンの『断絶への航海』です. これも過去記事にしています. 実際のところ,この記事を読んでもらえれば,私の考えは伝わると思う. ■ 「断絶への航海」に見る,新しいライフスタイルの模索 もっと言えば,これをそのまま講演会で話せばよかったなと思いました. SF小説っていうのは, 「もしこんなテクノロジーが誕生したら,人間社会はどのような変革を余儀なくされるのだろうか」 ということを考える上で非常に有益です. 『断絶への航海』では,この点について, 「個人および社会の利益を最大化する教育の徹底」 「人間が生存するために必要なエネルギー,食料,医療技術が確立した世界」 という状態になったら,人間はどのような生活をするのか思考実験しているものです. 著者のホーガンによれば,そのとき人間は, 「自分の才能を最も活かすライフスタイル」 を模索すると考えています. 現在,少なくない人々は「お金を得る」ことをライフスタイルの上位にもってきています. その理由は,お金がなければ生存がままならないからです. しかし,例えばそれが「ベーシック・インカム」などによって達成されてしまったら,「お金を得るために仕事をする」という人は減ってしまうでしょう. むしろ,テレビゲームでハイスコアを目指す感覚で「どこまでお金を得られるか」を楽しむ人が,「ビジネス」に取り組むのかもしれません. そんな時代になったら,上述した記事...
反省会として|その2「ネコみたいな労働」
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うちの「ネコ」と「嫌われ従業員」とベーシック・インカム やらかしちゃった講演会から1週間が経とうとしています. いろいろ反省しているのですけど,その反省を含めて,「本当はこういう事を伝えたかった」という話題をとりあげてみようと思います. 講演に使ったパワポのスライドは,そもそも未完成だったもんですから,構成や順序がぶつ切りになっていまして(講演直前に仕上げようと思ってたから). あの時にどんな話をしようとしてたのか,あらためてここで記事にしてみよう,というわけです. うちの「ネコ」を紹介しました. 以下のようなスライドで. 実際のところ,それまでの話に時間を使いすぎちゃってて,しかも,このスライドの登場部分が「予定していた話題展開」からズレたところにあったので,あわててボツにしたんですけど... 本当は以下のような話をするつもりだったんです. 猫の手を借りて仕事してる 最近,私がネコを飼いはじめたってことは過去記事でも取り上げましたよね. で,このネコが超絶優秀な従業員でして. 昨年こんな記事を書いてます. ■ 増殖するネコ,駆逐されたネズミ この記事のネコは,うちの集落にいるネコ達のこと. こいつらのおかげで,ネズミが少なくなってて助かってるって話でしたが,それでもネズミ対策には追われていたんです. うちにネコが住み着いたのは,このあとのことです. で,こいつ(名前はミー)なんですけど,ハンティングがとても上手い. 年がら年中,なんか捕ってきては私のところで自慢してるんですね. ネズミ,トカゲ,ハト,ヒヨドリ,スズメ,コウモリ,モグラなどなど. 仕事場に私がいるもんですから,ミーもその仕事場を自分の縄張りのひとつにしているらしく,よくうろつくようになりました. で,そこに出入りしているネズミを追い回して遊んでるんです. それまでの,ときたま現れるネコとは違い,ミーはほぼ毎日出勤してくれます. ネズミを仕留めては,「ウヒャヒャヒャヒャッ」って笑いながら見せびらかしにくるんです. 「ほら,これで遊ぼう」ってな感じで,弱らせたネズミを私の前に放り出しては,逃げようとするネズミにネコパンチを浴びせて弄ぶ. どうやら食べるわけじゃないらしく,遊ぶために捕ってるみたいです. なんとも残酷な光景ですが,ミーは至って上機嫌. そんな凶悪なネコが徘徊するところですから,今季はネズミ...
講演してきたんですけど,こりゃ大反省会もんやで...
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マジで我が人生における前代未聞級の大失敗でした ここ最近は, 「なぜ大学教員をやめて農業を始めたのか」 これをテーマに,講演を依頼されていましたよ,って話をしてました. で,その講演をしてきたんですが.... これがその時の様子. ブログ用にどうぞ,ということで頂きました. ただ... そのね... 私がね,ホント,マジで最悪だったんですね. 依頼者・聴衆の皆さん,大変申し訳ございませんでした. コイツは一体何を話にきたんだ? と小一時間問い詰めたいお気持ちでしょう. テーマにしていたことが,ほぼ全く伝わっていないと思う. 聴衆だった大学生の皆さん,もしこのブログを閲覧しているようでしたら,昨日の講演内容は忘れてもらって,以下の記事を読んでもらった方がいいです. ■ なぜ大学教員をやめて農業を始めたのか? その1|趣味に生きたかった ■ なぜ大学教員をやめて農業を始めたのか? その2|研究三昧になりたくて研究者をやめた ■ なぜ大学教員をやめて農業を始めたのか? その3|せっかく大学を出たのに就職するのはもったいない 講演する前にブログ記事にしてるんだったら,それをそのまましゃべればいいじゃないか. そう思う人も多いかと思いますけど. はい,たしかにそうですね. そうなんです. けど,ダメになっちゃったことには理由がいくつかあります. まず,開始時間を間違えていて,結果として遅刻入りしちゃいました. それがほぼ最大の原因. もともと私は,こういった時にはかなり早めに現地入りする性分です. 今回もそうで,開始1時間前に入って,可能なら依頼者と話をしながら,最終的な発表スライドおよび原稿・台本として仕上げよう,って思って到着したつもりだったんです. ところが,完全に1時間勘違いしてて. もうこの時点で,柄にもなくテンパってしまいました. 「血の気が引く」って言葉があるじゃないですか. 本当に血の気って引くんだなぁって,実感しました. 日本語ってよくできてるなぁって,改めて感じさせられます. いや.... そもそも,開始直前の段階で,最終的な発表スライドを完成させようなどと甘えているのも問題だったのです. ひとまずの『完成版』も一緒に作って別ファイルにしておくべきだった. 用意した中身は,あれこれてんこ盛りもスライド集になっていて,脈略がない. これも,開始前に余計なスラ...
なぜ大学教員をやめて農業を始めたのか? その3|せっかく大学を出たのに就職するのはもったいない
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講演会を依頼されたので,そこで話す内容に関連するものを...,ってことで記事をシリーズにしています. 過去記事はこちら. ■ なぜ大学教員をやめて農業を始めたのか? その1|趣味に生きたかった ■ なぜ大学教員をやめて農業を始めたのか? その2|研究三昧になりたくて研究者をやめた 今回の「その3」では,私が学生時代の頃から持っていた「考え方」についてフォーカスを当ててみたいと思うんです. というのも,依頼された講演会の対象者の多くが「大学生」だからです. 就職活動をしたくなかった 私は学生の頃,「就職活動」っていうのにいまいちピンとこなかったんです. もちろん,私の学生時代でも世間では就活合戦が激しく繰り広げられていたんですけど,なんかね,そうやって「就職」して「サラリー」をもらう人種になるのが,なんだか「負け」な気がしてならなかったんですよ. 就活をしたくなかったから「大学院進学」という道を選んだ,というのも,心のなかでは60%くらいあったかもしれない. つまり, 「せっかく大学まで行って勉強したんだから,就職するのはもったいない」 っていう感覚です. 過去記事でも, 「大学は就職予備校ではない」 「大学はキャリア支援に熱をあげるべきではない」 っていう話をしたことがありますけど,その源流はここにあると行っても過言ではありません. もっと抽象度を上げた言い方をすれば, 「大学は,どのような社会・世界においても,自立・自律して生きていける人物を陶冶する教育機関」 だと思っています. なので,大学で勉強するからには,ゆくゆくは個人営業・個人事業を展開するのが,大学を卒業した者が目指すべきゴールであり,ある意味でスタート地点なのだ,という認識がありました. ですから,大学新卒者による一斉就職活動というのは,そんな私の思想哲学から外れる活動・行為だったんです. まあ,ケツの青い若者による,生意気な考えですね. もともと,私が大学に入学したのは 「スポーツ・コンディショニングの専門的スキル(フィジカル・ケアの専門家って言った方がわかりやす人もいるかな)」 を身に着けて,それを糧としてフリーランスとか自営業的に仕事をしたかったんです. でも,どうやらそういう専門家の世界って,当時は「専門的スキル」よりも「本人のタレント性(キャラ立ち)」の方が重要だ,って言われていたものでして...