2017年5月9日火曜日

古代四国人・補足(大国主命の神話の裏を読む)

国産み神話,三貴神と来ましたので,次は大国主(オオクニヌシ)の物語です.
ここのエピソードは政治色たっぷりです.
今回始めたこのシリーズは,ここの部分について取り上げておきたかったからと言っても過言ではありません.

前回までの記事,その中でも以下の2つをご覧になっていないと,ちょっと難しいかと思います.
古代四国人・補足(国産み神話を深読みする)
古代四国人・補足(三貴神を深読みする)

さて,今回は大国主の物語ですが,この部分を政治的に解釈していくと,非常によくできた「フェイク」であると解釈ができます.

過去記事でも述べたように,『古事記』とは,編纂当時の朝廷と権力者,および天皇にとって都合のいい歴史的解釈を全国的に普及しつつも,日本各地で伝承されている伝説・神話との整合性をとりながら,しかも各地域とその豪族のご機嫌取りをするという,極めて高度な政治目的を達成するために作成されていると考えられるからです.

このフェイクは,厳密には高天原を追い出され,出雲へ降り立ってからのスサノオのエピソードからつながっています.
結論から言えば,この「スサノオの冒険」とそこから続く「大国主の国作り」とは「スサノオ=近畿視点」からの「周辺国との和解・同盟物語」の暗喩になります.

日本神話における「国家統合の経緯」は,血生臭さい戦争の叙事詩ではなく,ファンタジックなメタファーによってぼかされているのです.血生臭さくなるのは『古事記・中巻』から.

大国主の話に入る前に,前回記事の最後である「ヤマタノオロチ」退治後のスサノオの動きを知っておきましょう.
既にそこでファンタジックな平和的解決が始まっています.
スサノオは退治したオロチの尻尾から「草薙剣」を取り上げましたよね.スサノオはこの剣をあの(激怒させた)アマテラスに献上しているんです.
つまりこれは,敵対関係にあった九州勢と「製鉄技術の共有」という手段によって同盟を結んだと解釈ができます.この時点ですでに「和解と同盟」の暗喩が始まっています.

その上で,大国主の神話に入っていきましょう.
大国主の神話も,その要点を追っていくと実に政治的です.
知らない人は,ウィキペディアを参照ください.ちょっと長いのでここには載せません.
大国主(wikipedia)
しかもそれは,国内向けに書かれた『古事記』と,それらをあまり考慮していない海外向けに書かれた『日本書紀』とを読み比べることで,「大国主の神話」の意義が浮き彫りになってきます.

まずは基本情報から.
古事記においては,大国主はスサノオの六世の孫ですが,一方の日本書紀においてはスサノオの息子ということになっています.
ここから考えられるのは,日本書紀では「スサノオ ≒ 大国主」という非常に関係性が強い,もしくは親密な間柄として見せようとしているのに対し,古事記において両者は無縁ではないにせよ「かなり遠い関係」であることが示されていると言えます.
さらに言えば,出雲に伝承されている神話『出雲国風土記』においては,スサノオと大国主に血縁関係はありません.
出雲国風土記(wikipedia)

スサノオと大国主の神話は,編纂者が出雲国に配慮して構築したエピソードだと考えられます.ここには,スサノオ(近畿)と大国主(出雲)の関係性の強さを神話を通じて人々の心に埋め込みたかった編纂者の意図が透けて見えますね.
まさに「国内向け神話」と「国外向け神話」だからこそ垣間見える朝廷と天皇の思惑です.

つまりこういうこと.
前項の神話においてスサノオ(近畿勢)によって平定・開拓されたかのように映る近畿・出雲地方だが,その後を継いだことになっている「大国主」はスサノオ(近畿勢)による影響下からだいぶ離れた立場にある.
ダイレクトに言えば,大国主は出雲勢力を擬人化したものであり,それは近畿勢による支配を受けてはいるものの,彼らはそれなりに自治的で近畿勢に匹敵する有力地域だったという配慮を含んでいるのが『古事記』である,といったところです

大国主の神話については,古事記と日本書紀でまだまだ違いがあります.
あの有名な「因幡の白兎」を始め,「八十神(兄弟たち)からの迫害」「黄泉の国におけるスサノオからの試練」「妻問い」といったエピソードが日本書紀からすっぽり抜けているのです.
大国主の神話(wikipedia)

日本書紀では書くのが面倒だったのでしょうか.いえ,そんなわけありません.ここには意図があるはずです.否,国外向けの日本書紀には,わざわざこれらのエピソードを書く必要がなかったと言ったほうがいいでしょう.
そもそもこれらのエピソードは,大国主が国作りを始めるにあたっての正統性を語っているところです.すなわち,大国主は寛大で知識が豊富,身内からの迫害に耐え,何度も殺されたのに神々の力で復活し,先祖であるスサノオの試練を突破して妻を娶ったというもの.
逆に言えば,こうしたエピソードには出雲国やその周辺,および関連地方に対する神話的配慮があると見ることができます.

一つずつ見ていきましょう.
因幡の白兎はどうでしょうか?
因幡の白兎(wikipedia)
真っ先に思いつくのが「因幡(鳥取県)」と「隠岐島」です.
因幡の白兎の解釈は,一般的には大国主に統治者としての寛大さと医療技術があったことを示すエピソードとされています.しかし,“政治的に考えると”,それだけではないと思います.

隠岐島と本州は,縄文時代から交流があったことが考古学的にも明らかになっているようです.ということは,このエピソードはこう読めないでしょうか.
すなわち,因幡・隠岐島の間に発生した紛争へ出雲勢が仲介に入った.もしくは,隠岐島への安全な海路開拓に出雲勢が貢献した.ということです.隠岐島は出雲国の目と鼻の先なので,考えてみれば当たり前ですけど.

隠岐島は「国産み神話」にも登場する重要な位置付けをされた島と考えられます.
隠岐島が日本建国においてどのような重要性があったのか不明ですが,この島の平定に役立ったのが出雲勢であることを示しているエピソードと考えられます.
※ちなみに,私の解釈による日本建国における隠岐島の重要性は後述します

それに続く「八十神(兄弟たち)からの迫害」と「殺されてからの復活」については,いろいろ解釈できるのですが,私は “政治的” かつ,シンプルにこう考えます.
繰り返された内紛・内戦による衰退と,そこからの復興です.
そして,おそらくその内輪揉めには近畿勢が関わっていた.だからすっとぼけてこんな神話にしてぼかしているのだと邪推しています.

内戦状態のなか,出雲勢における有力党派(王族?)は敵対党派から逃げ回る憂いにあったのかもしれません.
それを神話では「八十神による大国主の執拗な追跡」として描いたわけです.
大国主は紀国(和歌山県)まで逃げ,その地のオオヤビコに助けてもらいますが,ここにも八十神による追手が迫ってきました.仕方なくオオヤビコは大国主をスサノオのいる黄泉の国に向かわせます.

ということで,なぜかここで唐突に現れるのがスサノオです.
黄泉の国は出雲にあるとされているのですが,これこそフェイクだと私は思います.
大国主は和歌山から北上し,近畿勢の本拠地(奈良?)に行ってスサノオに会ったのです.
ようするに古事記編纂者の意図としては,「大国主がスサノオに助けてもらった」,つまり「出雲勢が窮地に陥った時,それを近畿勢が助けてあげた」ということを神話的に解してもらいたいわけです.

それに,スサノオは最後に出雲に住み着いたはずでした.物理的に考えたら,もともとスサノオは出雲にいたのです.
ということは,大国主(出雲の有力党派)はスサノオ(近畿勢)を伴って出雲に戻ったと解釈できるのではないでしょうか.

こうして出雲有力党派は近畿勢の力を借りて内戦鎮圧に乗り出します.
ここでの共同戦線の様子が「黄泉の国でのスサノオからの試練」というエピソードになっているものと考えられます.

最終的には,スサノオが繰り出す試練を突破し,後日談として大国主は八十神を追い払ったわけですが,ここでのスサノオに対する大国主の活躍ぶりと,後に正妻となるスサノオの娘・スセリヒメとの協力関係が痛快に描かれています.それこそ,痛快過ぎるほどに.
はっきり言えば,クライマックスにおいて大国主はスサノオを出し抜いて「独り立ち」しているようにしか読み取れません.

スサノオが持っていた剣と弓,それに娘のスセリヒメと琴を伴って逃げ出す大国主に対し,スサノオは最後にこう言い放っています.
「これからお前がオオクニヌシだ!」と.
この瞬間から大国主は「大国主」になったのです.実はそれまで大国主は大穴牟遅(オオナムヂ),その直前までは葦原色許男神(アシハラシコヲ)という名前でした.

スサノオを近畿勢,大国主を出雲勢として解釈すると,ここから考えられることは一つ.
出雲と近畿は同盟関係を結んでいたのですが,いつからかその主従関係は逆転し,勢力も権力も出雲が上回っていた,ということ.
大国主がスサノオから逃げる際に持っていた剣と弓は「軍事力」,娘のスセリヒメは産まれ出る「人口」,琴は「芸術文化」を象徴しているのかもしれません.それを出雲勢は勝ち取った,ということです.
そして,近畿勢視点から綴られているであろう古事記ですから,スサノオが放つあの言葉の意味は「国権を出雲勢に譲りましたよ」ということです.

その後,大国主は正妻であるスセリヒメの嫉妬をものともせず,たくさんの女性との間に子供をもうけます.
これは出雲および近畿地方との同盟・連合関係を築く様子,もしかすると政略結婚による勢力拡大のメタファーかもしれません.
そうやって「出雲・近畿同盟」はこの地域を平定していったと考えられます.

なお,大国主の国作りに際して重要なキャラクターが登場しています.
「スクナビコナ」です.ここからは日本書紀にも記述があります.
スクナビコナ(wikipedia)
大国主はスクナビコナと共に国作りに励むことになるのですが,その登場の経緯が重要だと考えられます.

大国主が国作りをするにあたり出雲の海を眺めていると,その沖から妖精のような小さな神様が天乃羅摩船(ちっちゃい船)に乗ってドンブラコ,ドンブラコと現れます.
彼は,「おぬしは大国主と共に国作りをするのじゃ!」と,凄く偉い神様からの神勅を受けてきたというのです.
大国主はスクナビコナの協力を得て国作りに邁進するわけですが,スクナビコナはその途上で「常世の国(死後の世界)」へと旅立ってしまい,永久の別れとなります.

さて,ここで重要なのは「スクナビコナはどこから来た何者なのか?」ということ.
その解釈は一定していないようですが,私はこう考えます.「彼は隠岐島出身であり,大国主にとっての官房長官みたいな人」だったのではないかと.

大国主とスクナビコナが出会ったところはどこだったでしょう.
以下をご覧ください.大国主が眺めていた海は「美保岬(境港の北部)」というところで,ここにスクナビコナが沖から船で現れたのです↓


私の乏しい想像力では,スクナビコナは隠岐島から現れた人としか思えません.
彼は国家運営における天才的な参謀だった可能性があり,その力を使って出雲・近畿地方の発展に貢献した.しかし,その志半ばにして倒れた悲劇的な英雄だったのかもしれませんね.

それに,こうした「国作りにおいて重要な役回りをした人物の出身地」だからこそ,国産み神話においても隠岐島は一目置かれているのだと私は思います.隠岐島は淡路,四国に次ぐ3番目に誕生した島です.

こうして天才参謀・スクナビコナを失った大国主は,
「俺はこれから一体どうしたらいいんだぁ!!」
と嘆き悲しみます.
すると,また海に異変が起きます.そして「なんかよく分かんないけど物凄く偉い神様(大物主大神)」が現れ,こう言うのです.
「お前は奈良(大和)に行くのじゃ.奈良で私を祀ってくれたら,国作りに協力してやるぞよ」
かくして,大国主は奈良に行って日本の礎を作るために励みましたとさ.
めでたしめでたし.

エェ〜〜・・・・,そんな展開ありかよっ,て.
そうです,大物主大神こそ,日本のデウス・エクス・マキナと言っていいでしょう.
デウス・エクス・マキナ(wikipedia)

・・・,まぁ,事の真相としては,どうせ近畿勢が出雲勢を謀略にかけたか,クーデターしたか.なんにせよ,あまり胸を張って語れないことで主導権を取り戻したものと邪推できます.

そんなわけで,舞台を(めちゃくちゃ強引に)近畿に移すことになった日本神話.
次はいよいよ国譲り,そして天孫降臨へと向かいます.
ここでは,国産み神話で3番目に位置付けられていた「隠岐島」のさらに一つ上,2番目に位置付けられている「四国」が重要な役回りをしていることが深読みできるものとなっています.


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